令和3年度 昭和大学附属烏山病院公開講座


2021年10月23日(土)14:00〜15:30 昭和大学附属烏山病院 入院棟1F食堂ホール

司会 中村(昭和大学精神科。以下、中村):

 続きまして、昭和大学精神科の音羽健司先生より「発達障害における不安と抑うつ」というテーマでご講演いただきます。それに際しまして、音羽先生のご略歴をこちらでご紹介させていただきます。

 音羽健司先生は、1998年に東京大学医学部医学科を卒業されました。その後はNTT東日本関東病院や東京大学医学部附属病院などで勤務をなさった後、2010年から2012年までは米国バージニア・コモンウェルス大学のほうに留学をされました。帰国されてから2015年から2019年までは帝京平成大学大学院臨床心理学研究科の教授に着任され、その後2019年から2021年6月まではNTT東日本関東病院の診療部長をなさっていました。2021年6月から昭和大学附属烏山病院の准教授に着任されて、現在もご活躍なさっています。

 では音羽先生、よろしくお願いいたします。

演題②『発達障害における不安と抑うつ』

                音羽 健司 昭和大学医学部精神医学講座 医師

音羽 健司(昭和大学医学部精神医学講座 医師。以下、音羽):

 ご紹介にあずかりました音羽と申します。どうぞよろしくお願いいたします。今日は「発達障害とうつ病・不安障害」というテーマでお話ししたいと思います。私の専門はうつ病と不安障害で、そういったうつ・不安障害の方を診ていますと、ある程度一定の割合の中で、やはり発達障害的な背景を抱えた方が結構いらっしゃるなと日々感じています。そういった経験も踏まえて今日はお話ししたいと思います。

 

 本日のテーマです。一つ目は発達障害についてまず簡単にご説明します。発達障害の中で、特に大人、成人の発達障害、我々がよく診るのは自閉症スペクトラム障害(自閉スペクトラム症)、ASDと言われているものと、注意欠如・多動症、注意欠陥多動症(ADHD)、この二つをよく診ております。

 また(二つ目)、うつ病と不安障害ってどういったものがあるのか、なかなかいろんな種類があるので、簡単に触れたいと思います。

 三つ目のテーマとしては、発達障害に伴ううつと不安というところで、どういう特徴が現れるのか説明します。

 最後に、発達障害のうつ・不安症状にどう対応していくか、こういったところのヒントになるようなお話を少しさせていただきます。

 

 最初に発達障害についてご説明します。発達障害の中の自閉スペクトラム症、いわゆるAutism Spectrum Disorder(ASD)と、注意欠如・多動症(ADHD)、Attention deficit hyperactivity disorder、こういった二つを特に取り上げたいと思います。

 

 最初の自閉スペクトラム症です。「相手の気持ちを察する」ことがなかなか難しいといった社会性の問題、コミュニケーションの問題が特に対人関係で出やすいというところが特徴として言えると思います。人の顔あるいは目を見て話すのが苦手であるとか、集団行動(が苦手で)、無理に合せるとご自身が苦しくなってしまう。雑談では何を話していいのかがなかなか難しい。あと、その集団の中で話についていけなくなったり、急に違った話題に飛んでしまうといったこともあります。

 また、三つ目の特徴としては、いわゆるこだわりであったり、神経の過敏症です。感覚の刺激、音、光、人に触れることに非常に過敏になってしまう。また、空気を読めないとか、周りの人が普通にやっていることが、どうしてあの人はこんなことやってるんだろうと立ちどまってしまう、非常に戸惑ってしまう、こういった場面も多いかと思います。

 

 もう一つの注意欠如・多動症、よくADHDと言われています。こちらは、注意の問題、または衝動・多動症の二つに大きく分かれていますが、成人になると注意の欠如の方がふえてくるという印象があります。小さいお子様や10代、小学校・中学校までだと多動が目立つ方もいらっしゃいます。

 この特徴としては、一つの作業をやっていてもほかのことが気になってしまう、いろいろやりながら集中はしにくいために中途半端になってしまう。あと、片づけが苦手。結構雑然としているとかそういったところがあります。ほかの刺激、音や物音、話し声がするとそちらに意識が向いてしまうので、集中力が途切れる、注意がそれる。また一つ特徴としては、ゲーム、ネットに夢中になるとやめられない、こういった過集中と言われているようなものもあります。あと、「簡潔に」とか「まとめて」話すのがなかなか苦手で、結構話が膨らんでいってしまう。メールの文章が長くなるとか、ちょうどいいところで区切れない、こういった特徴があります。

 

 発達障害は、大まかな分類で、こちら(20ページ下段)のASDと言われているものと注意欠如・多動症の二つがあります。小学校時代とかだと、学習障害とか限局性学習症と言われているような、読み書きそろばん、こういったものがなかなか難しいという特徴を持った方もいらっしゃいます。

 

 ご存じのところもあるかと思いますが、当院を簡単にご紹介します。当院は精神科病院ということで、本当に地域で長らく対応してきていますけれども、精神科としては約296床、300床弱、六つの病棟があります。急性期から慢性期、そういったものがあります。2008年から成人の発達障害の専門外来とデイケアプログラムを行っていますので、我が国のこの分野のパイオニアと言えると思います。建物もこの(21ページ上段の)ようにモダンな感じで、非常にきれいなところかなと思っています。

 発達障害の専門外来を2008年に始めて、外来初診の方、おかげさまでといいますか、その分野を受け入れる機関がこれまで少なかったというのもあって、非常にたくさんの方に治療、診断等を受けていただいています。

 

 発達障害と診断された年齢がこちら(22ページ上段)です。これは診断された年齢ですので、特に20歳代、それ以降40代50代でもそういった症状が残っている方がいらっしゃると思いますが、治療中の方です。最初に診断を受けた年齢となると、特にASDに関しては10代から20代が多いと。また、ADHDに関しては20代以降、20代30代が多いです。ただ、20歳代前後で大体診断を受けていると言えると思います。

 当院の診断のうち、発達障害の中の各診断名の割合です。当初専門外来を始めたときから数年はやはりASDが多く、年々ADHDがふえてきています。これは、ADHDの特徴がよく知られるようになってきたこともあるし、場合によってはASDが過剰診断を受けているといったところもあり、(22ページ下段にある)こういった割合になっています。またそれに続けて、ASD+ADHDの割合も少しふえていて、つまりASDとADHDの併存症、合併症が多いということがわかってきています。

 

 うつ病と不安障害について、ざっと見ていきます。最初に不安障害です。非常にたくさんの種類がありますので、ご説明します。不安障害という名前のとおり、過剰な不安のために生活に支障が生じる、こういった特徴を持っています。また、思春期・青年期に発症することが多く、女性対男性で2対1と、女性のほうが割合が多いと言われています。不安に感じやすいというのは、面接の前とか試験の前とか、皆様もいろんな不安を感じる場面がふだんの中でもあるかと思いますが、環境的なストレスの要因だけではなくて、そういった特徴(遺伝的要因)を持たれている方もいらっしゃいます。実際のところ、半々ぐらいといったところかと思います。

 

 診断の中にはパニック障害、広場恐怖、社交不安障害、いわゆる人見知りですね。全般性不安障害、限局性恐怖症、さまざまあります。こういったもので、特に発達障害にかかわるところを少しご説明します。

 不安に伴う症状です。皆様も感じるところはあるかと思いますが、例えばストレスを受けたときとか、こういった場面のように人前で話をしないといけないといったときに、不安に伴ってさまざまな体の症状が出てくるかと思います。例えば、緊張してしまうので動悸がする、汗をかく、あるいは息苦しくなってしまう、トイレが近くなる、こういった特徴というのは、いわゆる不安に伴う自律神経の症状だと言えます。我々がふだん診療の中で不安障害の方を診ていると、とても不安ですというふうにはおっしゃることももちろん多いですが、むしろそういった自律神経的な症状が共通して出ているとところに着目しています。

 

 代表的な不安障害は、パニック障害です。この中でパニック発作というのがよく出てきます。特に強い恐怖や不快感、動悸が出てしまってとまらないとか呼吸が急に苦しくなってしまう。動悸、発汗、震え、息切れ、窒息感とかさまざまな特徴がありますが、そういった症状に加えて、何か自分が狂ってしまうのではないか、コントロールができなくなってしまうのではないか、あるいは死んでしまうのではないか。ここまで行くと、さすがに通常の不安とは違うなというところがあると思います。こういった発作が四つ項目に当てはまるとパニック発作と言っています。また、発作を何度も繰り返すと、また起きるんじゃないかとか、そういった場面を避けてしまう。こういった予期不安と言われる不安が生じてきます。これは、最初の発作が出てしまって、それを脳が学習をしてしまうと。また起きるんじゃないかというような学習の回路ができてしまうというのが一つメカニズムとして言われています。不安が起きて発作が起きたら、また起きてしまったという悪循環が繰り返されるといった特徴があります。

 

 ほかにも、社交不安障害、こちらは人見知りと言われているようなものが過度に行ってしまったものです。何らかのネガティブな、あるいはマイナスの評価を受けるのではないかという恐れがある場面で、面接、デート、人前でとかこういった場面で非常に不安、動悸、頭が真っ白になるといった症状が出てくると、社交不安障害と言っています。こちらも同じように、自律神経的な症状が出やすいという特徴があります。

 こういった社交不安を感じる状況です。特に人前でスピーチをする。皆様もなかなか人前で話をすると緊張してしまうといったところも多いと思います。他集団の中に入っていく。知らない集団の中に入るのも緊張しますよね。あと、人に話しかける。特に日本人はシャイなところもあるので、こういった傾向がある方は多いのではないかと思います。目上の人に話しかけるとか、そういった社交の場面で不安を感じやすいという特徴があります。

 

 もう一つは強迫性障害(OCD)です。こちらはいろんなこだわりであったり、気にかかることがふえてしまうという特徴のある不安障害です。反復する強迫観念。強迫観念というのは、例えば電車のつり革を触るとコロナとか何らかのばい菌がうつってしまうのではないか、通常であれば大丈夫と思えるけれども、それが強くなってしまって何度も繰り返し心配してしまう、そういう特徴があります。

 また、強迫行為というのは、何か汚いものに触れてしまったのではないかと手洗いを繰り返しやるとか、自宅を出るときに何度も鍵や火の元を確認する、こういった繰り返しの行動です。

 強迫性障害の場合は、こういったことを繰り返すとだんだん気持ちが沈んでしまって、うつっぽくなってしまいます。また、発達障害との兼ね合いもよく言われていて、特に先ほどのASD、自閉症スペクトラムについても、こういった強迫行為、繰り返し行為が出やすいとも言われています。

 

 ほかは、いわゆるトラウマ体験です。最近は、眞子様の件で複雑性PTSDもニュースでもよく取り上げられていますけれども、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と言っています。大震災や何らかの死に近いような体験をしたときに、自分の身が非常に危険であると、これをトラウマと言いますが、こういった体験をしたり実際に近くで見たり聞いたりといったことが起きると、その場面が何度もフラッシュバック、思い出されてしまう。あるいはそれで眠れないとか、そういった場面を避けるとか、見たくないといった体験を繰り返したり、また気分が落ち込む、対人的な接触を避けるといった、うつに近い状態が続くこともあるし、またいらいらしやすい(など)、さまざまな心身面の不調感が出やすくなると言われています。

 

 また、適応障害も発達障害の中で非常に多いと思われます。後ほどご説明しますが、特にやはりいろんなストレスを感じやすい場面、例えば就職をしたとか新しい環境に入った、人間関係が変わった、そういった場面になるといろいろストレスが原因になって、情緒面の変化では気持ちが落ち込んだり不安になったり(します)。また行動面でも、社会的にも職業的にも、会社に行けないとか起きられないとか、こういった適応の問題が出てきます。通常はストレスが始まって、それが原因となって、その結果として情緒面、行動面に支障が出るというのが適応障害です。ずっと延々ということではなく、ある程度、大体半年程度ぐらいでおさまってきます。

 

 不安障害は先ほどのようなものですが、うつ病について簡単に触れたいと思います。うつ病というのは皆さんも非常によくご存じかと思います。気持ちが鬱々としてやる気が出ない、朝起きられない、眠れない、心も体もこういったさまざまな不調感が出てくるものをうつ病と呼んでいます。

 心の面では、通常の落ち込みであれば、自然に回復すればそれは健康な状態なので、うつ病とは我々は診断をつけませんけれども、これが2週間以上続けて出てくる、また、今まで楽しかったことが楽しめない、趣味ができない、食事をしても楽しくない、おいしくないといったことや、極端な場合は死にたいとかそこまで考えてしまうといった傾向があります。

 また体の症状としては、やはり最初に食欲が落ちたり眠れないという方が多いです。寝つけないとか途中で目が覚めたりすると、翌日もぼうっとしてしまって朝起きられない、やる気が出ないという症状が出てきます。

 

 ではその気分障害、いわゆるうつ病と不安障害の関係ですけれども、どのようなものかということをご説明します。気持ちが落ち込むと、当然ながらあわせて不安になりやすくなります。気持ちが沈むと、あの人は自分のことを悪く感じているんじゃないかと周りの評価が気になったり、いろんなところで非常にびくっとしてしまったり、先ほどご説明したような、明らかなパニック障害や強迫性障害、社交不安障害とまではいかなくても、いろんなことが非常に不安になりやすいという傾向が出てきます。また、一方でその不安障害も、いろんなことを不安に感じていると気持ちが沈んでしまうとか、相互に関係しているというところが特徴として挙げられると思います。

 

 不安がうつになりやすいというのは、実は頭の中のメカニズムがあります。不安そのものがストレスを引き起こしているんだという原因論もあります。皆様も通常不安を感じると脳がストレスを感知するわけですが、脳内ではさまざまな神経伝達物質が出てきます。ノルアドレナリンとかアドレナリンは、頑張るぞというときには非常にいいんですけれども、過剰に出過ぎると恐れや驚き、緊張感になってきます。あと、ドーパミン(喜び・楽しみ)、セロトニン(意欲・気分・眠気)などが減ってくると、非常に不安を感じやすいとか、意欲が出にくくなります。

 こういった伝達物質が関係した上で、さまざまな脳の部位の機能が落ちてしまって、いろいろな自律神経のバランスが崩れやすくなります。いわゆる過緊張とか不安が強い状態というのは、自律神経の中でも交感神経が優位と言われていて、リラックスできないので常に何か緊張していて、血圧も上がって、体にとってはあまりよくない状態になってくると言われています。

 これが慢性的に続くと、いわゆる心身症と言われているような状況(になります)。心と体は非常につながっているので、心が感じたものが体に出てくるといったところになるかと思います。

 

 不安とうつは、脳の部位でいうとちょうど真ん中にある、この扁桃体と言われている部分が赤信号を発していて、非常に不安に感じると。それが回りめぐって、いわゆる記憶に関係する海馬、全体の自律神経の機能にかかわる視床、いろんな記憶を脳にストックをする大脳皮質、これらが機能不全を起こしてしまってうつが生じると、そういったところも関係していると言われています。

 扁桃体というのは不安にもうつにも非常にかかわるところで、前頭葉とか海馬とか、それ以外の部分がうつ病にかかわってきます。それ以外の部分で不安障害が関係してくると。それぞれ非常に共通の部分も持っているといった特徴があります。

 

 では、発達障害に伴ううつと不安というのはどういったものかご説明します。

 発達障害と不安・うつですけれども、近年の精神科臨床では、うつ状態、また気分の不安定さを主訴として来院する患者さんにおいて、ASD、ADHDといった発達障害があるのではないかというのを念頭に置いて診断をしないといけないということが、特に最近言われるようになってきています。また一方で、発達障害に併存する症状としては、気分障害、いわゆるうつとか、躁うつ病とか不安症、こういったものが非常に高率であるという特徴が挙げられます。発達障害における併存疾患、合併症と言われているものは、例えばASDの患者さんにおける気分障害や不安障害は非常に割合が高く、半分程度以上は併存、合併していることが調査としてわかっています。

 また、ADHDも同様で、やはりADHDの方がうつになりやすいというのは、日常の診療の中で診ても多いと感じています。これは、後ほど少し簡単に述べますが、いわゆる二次性のうつ、やはりADHDがあることで、いろいろミスが多いとか、上司から叱られるとか、そういったストレスを感じやすいためにうつになるという特徴がありますが、一方でADHDそのものの特性がうつと非常に似通っている、かぶっている、重複しているので、同時になりやすいという特徴があります。

 また、ADHDの、非常に発想力豊かというかいろんなことを同時に考えてしまうというのが、どちらかというと双極性障害、躁うつ病に近い症状になったり、実際に躁うつ病という症状が併存、合併するというのが2割程度あると言われているので、比較的高いのではないかと思います。

 

 当院の専門外来は15年近くやっていますけれども、ASD、ADHDと診断された方の前医での診断名を調査している結果がこちら(32ページ下段)に示してあります。少しグラフが小さいので、大ざっぱに見ていただければと思います。

(当院で)最初にASDと診断された患者様の前医の診断、正確にASDをASDと診断したのは66%、約7割です。それ以外は、不安障害や適応障害や気分障害、こういった割合が10%ぐらいあるので、比較的多いです。やはりうつ病だとか不安症と言われていた人が、こちらに来てみたら、あなたはASDですよときちんと診断がついたという報告になっています。

 一方で、こちらでADHDと診断された患者様で、前医にASDと言われた方は3割程度いらっしゃいます。最初からきちんとADHDと診断がついていた方は、実は3割程度しかいなかったと。これが意外なところで、前医ではきちんと正確に診断がついていないというケースが多いです。当院に来て初めて、ASDなのかなと思っていたのが実はADHDだったと、ちゃんと治療法もお薬もあったというケースもあるかと思います。

 一方で、やはり不安障害や適応障害、気分障害と言われた方が14~15%ぐらいいらっしゃるので、こちらもASDよりもADHDの方のほうが、不安症などと言われている方が比較的多いという特徴がありました。ASD、ADHDの特徴、やはり生きづらい部分はあるかと思います。そういったところがさまざまなトラブルにつながってしまいます。そうすると、よく理解されていない場合には、ちゃんとやっていないじゃないかと叱責の対象になったり、繰り返しミスを起こしてしまうことで自己評価が下がってしまう。こういう経過で二次障害と言われているようなうつ病や不安症、さまざまないじめ体験などのフラッシュバック、こういったものが出やすいというところにあるかと思います。

 発達障害の二次障害として自閉スペクトラム症、ASDでは不安症が出やすいとかいろんなことにこだわりが出やすいということがありますし、ADHDの場合にも気分障害と非常に連動しやすいといった特徴もあるので、最初にこちらの気分障害とか不安障害が前面に出てしまって、発達障害が隠れてしまうという特徴もあるかと思います。

 

 では、その発達障害で最初にこちらの烏山病院にいらっしゃった方はどんな治療薬を使っているかというところを見ます。ASDの方ですと、初診の中で向精神薬を処方したというのが約3割いらっしゃいます。また、ADHDの方でも同じく2割ちょっとありますが、ADHDの場合、アトモキセチンとかメチルフェニデート、コンサータといったお薬を除いた割合になるので、少し減ってきています。そこを見ると、およそ4分の1の方に初診時で何らかの向精神薬が使われていると。お薬を出しましょうというところで始まっています。意外に多いと認識しています。

 どういったお薬を使うかというと、やはり向精神薬、抗不安薬、安定剤とか、一番多いのは実は抗うつ薬です。抗うつ薬を使う割合がASDの方で大体5割程度、ADHDの方でも4割程度いらっしゃいます。その中でどういった抗うつ薬を使うのかというと、ASDにおいてはいわゆるSSRIという、抗うつ薬の代表的な、不安を抑えるようなお薬です。ADHDの方に関してはSSRIも使いますが、SNRIという意欲を上げるようなお薬も併用することがあり、結構割合としては多いと思います。

 

 こんな感じでいらっしゃるという代表的な症例に少し触れたいと思います。主訴として、いらっしゃったときの困り感としては、気分が落ち込みやすい、集中できないというところでした。幼少期より落ちつかない傾向があって、人の話を聞いていないこともありました。片づけがうまくできず、どこに置いたかを忘れることが多い。

 睡眠が安定しないので、徹夜とか日中の眠気があった。以前より睡眠習慣の乱れがあったので、不眠、気力低下、集中力が続かないなどの困り感があった。

 また、アルバイト先では、朝遅刻してしまったり、日中ぼうっとしてしまうので注意されやすい。注意集中が困難で、集中力が持続しなくて、作業に取りかかるのに非常に時間がかかってしまったり、期日が守れないといったこともあって、いろいろ怒られてしまうという傾向がありました。

 気分の波があって、嫌な気分になると一日何もできないとか、また、いろいろ不注意が多いということで、不注意(優勢)型のADHDと診断をして、生活リズム、また日常の集中力改善のために睡眠薬、ADHDのお薬などを処方しています。こういった経緯が典型的なところもあるかなと思います。

 

 もう一つご紹介します。パニック、うつが続く。明らかにうつとか不安が多い方が来られることも多いです。発育発達は正常。片づけは得意ではない方です。授業中に空想して集中できない。友人の話にかぶせて話してしまったり、話の途中で急にどこかへ行ってしまうなどもあって、いじめの対象になることもあったといいます。

 大学時代にアルバイトをしても、レジでの計算ミスや打ち間違い、また、頼まれたものと別のものを発注してしまうといったミスが重なったということでした。

 

 ADHDの方は比較的自由な職場というか、いろいろな発想力、企画力が要る職場にいらっしゃることが多いですが、イラストレーターとして就労。注意集中ができず、誤字脱字が多かった。書類仕事が難しいと言われていました。話が聞けず、順序立てて考えられないので、書類作成を避けたり、物をなくす、あるいは強迫的にミスがないかをチェックする、そういったところで常に緊張を強いられているような状態でした。

 プロジェクトの責任者として環境が変わったところをきっかけにして落ち込み、急に涙が出るとか倦怠感、やる気が出ない、こういった症状が出てきました。経過からADHDと診断をつけましたけれども、この方の場合はADHDのお薬は使わないで、抗うつ薬だけを使ってしばらく様子を見ましょうという治療を開始しています。

 

 では、最後のテーマとして、うつ・不安症状にどう対応していくのか、こういったところのお話を少ししたいと思います。

 治療薬については、ADHDの場合には3種類のお薬がいま保険の適応がついています。代表的なものとしては、コンサータ、ストラテラ、インチュニブがあり、症状に応じて使い分けています。

 コンサータに関しては、どちらかというと不注意がメーンにはなりますけれども、多動・衝動にも効果がある非常に代表的なお薬で、ドーパミン・トランスポーターというドーパミンにかかわるものをうまく働くように調節します。こちらは神経刺激作用があるので、登録制で決まったドクターでしか処方はできません。

 ストラテラ、こちらはアトモキセチンといって、これも不注意、多動・衝動にバランスよく効くタイプのお薬です。ノルアドレナリンという神経伝達にかかわるものを対象としています。比較的使いやすいというところもあって、効く方はしっかり効くので、こちらを出すことが多いです。

 インチュニブ、(これは)グアンファシンという、最近成人例でも保険の適応をとったお薬で、不注意よりは多動・衝動のほうが強い方によくお出しします。こちらはα2Aアドレナリンといって、どちらかというと血管に作用するので、血圧が急に下がるなどというところに注意が必要なお薬です。

 こういったお薬の特徴もあるので、患者様の状態に応じて使い分けているという現状です。

 

 気分障害、不安障害については、当然先ほどお話ししたとおり、抗うつ薬を使うことも結構多いです。セロトニンに関係するような濃度を上げる、SSRIと言われているお薬が結構出ます。ルボックス、デプロメール、レクサプロ、こういったものです。

 あと、先ほどのデータからでも、ADHDの方はSNRIを併用することが結構多いと思います。抗精神病薬というドーパミン(受容体)をブロックするようなお薬も使っています。こちらはいらいらや興奮を抑えるという作用があります。リスパダールとかエビリファイ、こういった種類のお薬があります。

 気分障害の中でも躁うつ病などが併存される方に関しては、気分安定薬といったお薬を使っています。抗てんかん薬に近い作用のお薬ですが、こういったものを併用して、さまざまな症状に対応しているという現状です。

 

 治療・支援の方針は、大きく三つの方向性があるかと思います。一つは障害そのものを改善する治療的なアプローチです。先ほどの治療薬を使ったり、困り感に直接対応していくという意味では、リハビリも治療的アプローチに入ります。二つ目、三つ目は、そことも若干違いますが、補償的アプローチ、カバーするということです。健康な部分はどんな方でもお持ちで、病気だけが全てではありません。健康な部分でそれ(得意な機能)を伸ばして、不得意な部分をカバーしていくというようなアプローチです。

 また、得意な分野をさらに伸ばしていく得意的アプローチ。苦手な分野はもういいじゃないかみたいな、ある意味で突き抜けた感じになりますが、好きなことに集中して、それを伸ばしてあげようというのも一つのやり方かなと思います。

 そのためには、先ほどデイケアのお話がありましたが、自分の特徴を知っていることが大事です。苦手なものは何か、得意な部分は何か、自分がまだ健康な部分はあるか、そういったところを知っていないと、どういうアプローチがいいのかわからなくなります。ある程度自分をコントロールしていくというのも目標になります。また、ひとりで悩まずに、援助を求めたり相談できる、こういったところもエンパワーメントということで力をつけていく必要がある部分かなと思います。

 

 困ったときの対処のヒントです。ASD(編)の場合、時間と手順の見通しをつける。できるだけ時間と手順の見通しを、図や写真で目で見てわかるようにするというのが一つのポイントかと思います。何時までとか、ここで終わりというふうにわかりやすく明示していただくと本人も疲れないし、ちょうどここで終わりだということがわかるので、そうやって周りがサポートするというのも一つかと思います。

 

 場所と意味を一致させる。食事をする場所、寝る場所、一対一対応が混乱しなくていいと言われています。場所や時間を区切ってしまう、小分けにすることも意識するといいでしょう。

 時間を区切る。完璧に取り組むと疲れるので、ここで一つ区切りだよと、15分で区切りだよとか時間を決めてやると、疲れが残りにくいのではないかと思います。

 感覚を和らげる。感覚の過敏性があるので、音、匂い、光、こういった五感に関しては、耳栓を使うとか専用眼鏡を使うとか、そういったところで少しカバーしてあげるといったところもヒントになるのかなと思います。

 

 ADHD編です。ケアレスミス対策として、自分だけに頼り切らないと。Wordの校正機能など、そういったソフトがあるのであればうまく使いましょうというところです。他者のチェックなどを利用していきます。

 物をなくす、置き忘れる、多いと思いますけれども、置き場所を固定するとか、使ったらすぐに片づける、なかなか難しいですが、こういったところを習慣づけていきます。

 約束の時間を守れないという場合だと、既にやっていらっしゃる方も多いと思いますが、カレンダーアプリを利用する。既にやっていらっしゃる方も多いと思いますが、こういったものを改めて使ってみると。

 優先順位がつけられない場合には、一気に仕事を引き受けない、あれもこれもやらないと。一つ終わったら一つやる、それをまた報告していくとかほかの方と共有していくというのも一つかと思います。

 また、集中できない場合は、作業の場所と時間を決める。先ほどのように区切りをするというのもいいと思います。タイマーで15分と決めていくなど、あんまり集中し過ぎないように注意していただくのも一つかと思います。

 

 では最後のスライド(39ページ)、まとめです。成人の発達障害には、ASD、ADHDと大きく二つあることをご説明しました。また、ASDは過剰診断があり、ADHDの診断が最近はふえている傾向があります。

 また、うつ病・不安障害には、扁桃体と言われる共通の脳の部位が関係しているというお話をしました。

 

 成人の発達障害の中では、気分障害、いわゆる躁うつ病やうつ病、また不安障害(の併存)が多いという現状についてお話をしました。原因としては、いわゆる二次性の障害、あるいは直接うつ・不安が一緒になりやすいという特徴があります。併存するうつ・不安には、抗うつ薬、抗不安薬なども併用して出ているという現状もご説明しました。

 

 また、発達障害の治療・支援については、治療そのものをしっかりやっていくというのに加えて、よいところ、健康的なところもカバーしていく、あるいは得意なところを伸ばしていくといったアプローチもあります。マイナス部分だけでなくて、その方の持っているさまざまな強みを生かしていくというのも、うつや不安を予防する一つのきっかけになるのではないかと思っています。

 私の話は以上です。ご清聴ありがとうございました。

中村:音羽先生、まことにありがとうございました。うつ・不安障害に関して、非常に網羅的でわかりやすくご説明いただいたほか、うつ・不安障害と発達障害の関連について、診断・治療を中心に、実践的で臨床的に非常に有用なお話をしていただいて、大変勉強になりました。

 では、お時間まだありますので、何かフロアの方からご質問などがありましたら、挙手をお願いできればと思います。どうぞ。

参加者○○:貴重なお話をありがとうございました。先ほどの音羽先生の(お話の)中で、得意なところのアプローチと補償的なアプローチがあったと思いますが、その二つの違いがよくわからなかったので、どう違うのか教えていただきたいです。

音羽:ありがとうございます。補償的なアプローチというのは、健康になっている部分、もともと病気ではない部分をしっかり補強して、苦手な部分をカバーしてあげるという方向です。なるべく少し苦手な部分を隠していくというかカバーしていくというところに近いと思います。一方で得意的な部分というのは、健康な部分の中でも、その方が例えばパソコンが非常に得意だとか細かい作業が得意だとか、何かあったらそれをさらに伸ばしていくというような、どちらかというと、苦手な部分は一旦おいておいて、強みをさらに強化していくというところが特徴としては挙げられるかと思います。

参加者○○:ありがとうございます。

音羽:はい、ありがとうございます。

中村:ほかにご質問がある方はいらっしゃいますでしょうか。

参加者イノ訪問看護師をしておりますイノと申します。本日は貴重なお話をありがとうございました。ADHDの特徴として、過集中という点があるというふうにおっしゃったんですけれども、ご家庭のほうで過集中で、例えばお手洗いを失敗してしまう、入浴ができないというような、やっぱり支障を来してしまう場合がありますが、できるアプローチが何かあれば教えていただきたいんですが。

音羽:ありがとうございます。今井先生、何かありましたら。何か指導されているところとかありましたら。

今井:いや、でも先生からのほうがいいんじゃないですか、過集中。

音羽:そうですね。何かいろんな作業に集中し過ぎていて、ほかのものに意識がうまく転換できない、こういったところも特徴として挙げられるので、例えば、そういったやり過ぎの部分は少し時間を区切って一旦とめていただいたり、少しほかのところに意識を向けましょうとか、トレーニングに近いところもあるかと思いますが、そういった働きかけが有効なのではないかと思います。

参加者イノありがとうございました。

音羽:ありがとうございます。

中村:では順番に質問をしていただきますので。

参加者○○○:すみません、失礼します。私自身が5年ほど前にASDという診断を受けています。これまでも、ずっとうつ病は出たり出なかったりで、もしかしてASDなんじゃないのということでわかったんですが、そもそも私は8年前にむち打ち症でけがを患って、そこで自律神経が乱れてうつ病になって。人間関係もちょっと、職場でトラブルになって。そこからもとの仕事もできないし、みんなからあんまりサボってるんじゃないとか、そういうことがあれ(原因)でうつになりました。

 教えてもらいたいのは、私の周りでも、発達障害者の中でも二次障害は全然未経験の人も結構いるんですけれども、お話の中で、自律神経失調症、自律神経の症状は、うつ病だとか精神疾患とかそういうのがもとで発症する場合もあるということでしたが、逆に、外科的には、けがとかそういった体の症状が原因で自律神経の症状が出る場合もある。要するに、卵が先か鶏が先かの問題ですけれども。

 お伺いしたいのは、いくら精神科のお薬を飲んだとしても、そういう部分は変わらないと思うんですね。結果的にはけがの治療をするのも大事だと思いますが、要は両方の症例が、日本で最先端の発達障害の医療が進んでいるというふうに言われてはいますが、私もいろいろここで勉強させてもらって、まだまだこれ以上はわからないということがいっぱいあって。要は、この最先端の発達の病院、医療機関と、例えば外科の最先端の医療機関、あるいは脳外科の最先端の医療機関というのを提携してやってもらえると非常にありがたいなと思うんですが、こっちはこっち、あっちはあっちと、今のところなかなか連携がとれていない現状があると思うんですよね。そういうことについていかがお考えか教えてもらいたいんですが。

音羽:なるほど、そうですね。確かにご指摘のとおり、発達障害、そういった精神科治療はこちらで、身体的なものは専門のところでというふうに少し分かれているようなところもありますね。ただ、こちらは大学病院ということもあって、いろいろ総合病院、本院と連携をとったり、体の病気があればそちらを優先しましょうとか、時期によって何を優先していくか、治療の対象としていくか、そういったところで診ていくというころかなと思っています。今後の課題かなと思っていますので。ありがとうございます。

中村:ありがとうございます。ご質問はまだいろいろあるかと思いますが、ちょっとお時間が押しておりますので、ここで一旦休憩に入りたいと思います。

 これで烏山病院の公開講座のほうは終了となりまして、午後の、またこの後、公開講演会のほうに移ってまいります。ありがとうございました。(拍手)