令和5年度 東京都精神科医療地域連携事業公開講演会


2023年11月25日(土)14:30〜17:30 昭和大学附属烏山病院 入院棟1F 食堂ホール

司会 常岡 俊昭(昭和大学医学部 精神医学講座 准教授。以下、常岡):

 ここからは、令和5年度東京都精神科医療地域連携事業公開講演会に移らせていただきます。先ほど話させてもらいましたが、前半の司会をまたやらせていただきます、昭和大学医学部精神医学講座、常岡といいます。よろしくお願いします。

司会 真田 建史(昭和大学医学部 精神医学講座 医師。以下、真田):

 この後中盤には漫画家の町田粥さんが来られます。そこは岩波が担当しますので後ほど紹介したいと思います。最後にセッションがあります。岩手医大の八木先生にお越しいただいていますので、私はそこの司会を担当します、烏山病院の真田といいます。どうぞよろしくお願いいたします。

常岡:それでは早速、第1演題『健康の視点から見たギャンブルなど危険な遊び方への向き合い方』をNPO法人ワンデーポート施設長  中村努様にお話しいただきます。講演前に、中村様のご略歴をご紹介させていただきます。

 中村様は、NPO法人ワンデーポート理事兼施設長で、1967年生まれ、学生のころからご自身がパチンコにのめり込んだ経験があるということです。大学卒業後ギャンブルにのめり込み、失踪生活を経験して、29歳のころ自助グループに参加されています。2000年 32歳のときにワンデーポートを設立されて、今に至っていらっしゃいます。

 好きなことは走ること。今日はマラソンが好きな人とか走る人が多いですね。あと森高千里のライブに行くこと。いいですね。衝動的なことにいろいろはまることが得意ということです。

 では、中村先生よろしくお願いします。

講演① 『健康の視点から見たギャンブルなど危険な遊び方への向き合い方

      中村 努 NPO法人ワンデーポート施設長

中村 努(NPO法人ワンデーポート施設長。以下、中村(努)):


 よろしくお願いします。ワンデーポートの中村です。

 ここは病院ですが、私は医療の人間ではないので、先ほどお話があった常岡先生とはちょっと違う視点ということで、医療とか自助グループはあくまで否定はしませんが、違うやり方でやっているということで理解していただきたいと思っています。

 先ほど水野先生が横浜マラソンということでしたが、私も10年ぐらい前から走っていて、実は今日も朝、皇居に行って22キロ走ってきました。本当は25キロにしようと思ったんですが、今日は乾門が公開されていて、周回コースを走れなくて、妥協して帰ってきました。

 

 私はこういうところに上がるのは苦手ですが、走ってくると頭がすかっとして話すのにちょっとプラスになります。運動することはギャンブリングの問題にとてもいい効果があると思っていて、その話も入れたいと思います。

 東日本大震災のボランティアに行って全然動けなくて、これではいけないと思って歩き始めました。それから運動にはまりました。私の母校はこの近くの運動で結構有名な高校ですが、私は帰宅部で、若いころから運動にはほとんど縁がありませんでしたが、10年くらい前から運動を日課にしています。

 

 今日、私は、当事者ということで自分の体験談はここで話しません。というか、私がワンデーポートを立ち上げてからのことは話すんですが、要は自分がどういうギャンブルをやっていたかということはもう10年以上前から話すのをやめました。というのは、ギャンブルへのはまり方は一人一人違うので、私がここで話した体験談がほかの当事者の人たちに合わないことがあるのではないかと思っているからです。ワンデーポートは回復施設ですが、体験を話すいわゆるミーティングはやってなくて、12~13年前から、自助グループへの参加も勧めていません。

 

 東日本大震災が起きたときボランティアに行って、そこでいろいろ感じたことがありました。自分たちのギャンブル依存の経験を話し合うでは得られない気付きがありました。

 当時、私はとても太っていてボランティアの作業で動くことができませんでした。これではいけないと思ってボランティアから帰って歩き出しました。最初は1日1キロぐらいから少しずつやっていく中で、ウォーキング大会に出ました。運動を日課にしている人たちと出会って話していく中で、自分が知らない世界がそこにありました。

 運動を楽しんでいる人は輝いて見えました。ギャンブルにのめり込んだから、運動やその他の楽しみに目がいかなかったのではなく、人生全体が楽しくないからギャンブルにハマっているだけではないかと考えるようになりました。

 それまで私は当事者の中でミーティングをやることがいいことだと思っていたのですが、もう少し視野を広げたほうがいいのではないかと思うようになりました。2012年ぐらいから、ギャンブリングの問題に関して当事者性みたいなものにあまり重きを置かなくなりました。

 ちょうどそのころワンデーポートの利用者で走っている人がいて、「施設長、何キロ走ってきましたよ」とか言ってくるんです。今から10年前なので私は45~46歳だったと思うんですが、いや、僕には無理だよ、そんなに走るのは絶対無理だと思っていました。でも彼らが気持ちよさそうに帰ってくるのを見て、自分もちょっとやってみようかなと思いました。

 

 最初は1キロ走れませんでした。数百メートルでした。それからはまり始めて、マラソン大会などいろいろな大会に出るようになりました。運動に傾倒するうちに、考え方が変わっていきました。ギャンブルなどの依存行動は、不健康な生活が原因であって、依存行動自体を考えていても解決にはならないと考えるようになりました。今は畑をやったり、ウォーキングをやったり、よこはまランというちょっとした走るイベントなどもやっています。

 

 依存症についての話ですが、私が自助グループにつながった90年代はアルコール依存症が中心で、私もアルコール依存症の回復施設に行ったりしました。そこではAA(アルコホリックス・アノニマス)のテキストが使われていて、こんなことが書いてありました。「酒以外のことについては実はまともだし、バランス感覚もとれているのに、酒がからむと信じられないほどの不正直で自分勝手になる。彼は社会的能力、技能、才能を備え、有望な仕事に就いていたりする」。 アルコールさえ飲まなければ社会生活がしっかりできていた人たちがいました。

 実際そのころ、こういう人たちがいたのです。アルコールを飲むことによって、精神的な問題、体の問題、家族関係の問題、就労の問題などが起きてきて、アルコールに関してはコントロールできない。

 私は、あ、本当に病気なんだと思いました。そこでこのプログラムでワンデーポートをやろうと思って、ワンデーポートを始めました。

 

 2000年、1990年代、依存の問題がどんどん広がっていきました。その中でワンデーポートを始めてみると、ギャンブルを始める前から、精神的な問題、不健康な生活、家族関係の問題、知的な問題、発達の問題などが起きていました。当時、「発達障害」という言葉はまだなく、子供の障害みたいな捉え方をされていましたが、こういう人が結構いました。学業や就労の問題は、もともとあったものが依存の結果悪化したわけです。もともと金銭管理が苦手であったり、家族関係の問題があったり、自己コントロールが苦手で、衝動的で意志が弱いなどの原因がある人ばかりでした。

 

 私がワンデーポートの運営委員会でいろいろ話しているときに、ある支援者が言ってくれました。意志が弱いというふうに考えたほうが優しくなれるんじゃないのかと。「依存症」という名前は30年前のアルコール依存症の人たちと一緒でも、問題を抱える人の背景はかなり変わってきているなというのを、ワンデーポートの活動で感じています。

 

 私たちの依存問題についての対応です。アディクション支援の常識として、管理や世話をし過ぎるのはだめとか、「共依存」という言葉がありますが、私たちは個別だと思っていて、金銭管理などが有効に働く人もいます。

 従来のアディクションアプローチは、目標は、とにかくやめることです。最近では、ハーム・リダクションという概念が出てきて、節酒とかそういうのも広がりが持てているので、アディクション支援の目標も変わってきていると思いますが、基本は完全にやめることです。

 

 ワンデーポートでは、その人にとっての幸せな生活を目標にしています。やめることを目標にしないということです。私たちが支援している人の中の2~3割は、今でもパチンコをやっています。お金の管理をして、今日はパチンコ代として持っていくみたいな人にお金を渡したりしています。それで何の問題も起きません。

 

 経過としては、自助グループへの参加継続というのが常識ですが、私たちは個別だと思っています。自然によくなる人もいれば、困難が続くことを前提としたかかわりが必要な人もいて、失敗を繰り返す人も少なからずいると思っています。これは、依存症だからということよりも、今の社会の中でお金の管理がうまくできないとか、余暇が広がらないとか、精神的な不安を抱えているとか背景があります。そういう人たちが一回生きづらさを持ったら、そこから抜け出して、普通に働いたり普通に生活するというのがとても困難な社会ではないかと思っています。困難が続くという理解が必要ではないかと思っています。

 

 ギャンブルに関していうと、IR、カジノがきっかけで医療化の流れが加速しましたが、こういう病院での治療のプログラムがあるというメリットがあります。一方で、Disorder(障害)という意味合いが薄れるというデメリットもあるのではないか。人間の問題(障害)を細分化することで全体が見えなくなるとか、患者と捉えることで受け入れにくくなる。患者と捉えることで受け入れやすくなる人もいますが、一方で、病院には行きたくないという人もいます。だから両方の面があるだろうと思っています。

 回復を前提とすることで、問題を抱える人の理解が難しくなる。だから困難が続くということよりも、回復するというふうになってしまいます。家族はどうしてもよくなってもらいたいと思うわけですが、私たちの経験では、金銭管理がずっと必要だよねとか、転職を繰り返すとか、福祉的な就労がゴールになる人も多いのです。

 本人、家族が先生に治してもらうと無力化し、自己解決を遠ざける。自分から何かを解決しようとか、人任せではできない部分がやっぱりあると思います。医療化によって無力化するようなところが少しあるのではないかと思っています。

 

 最近、岐阜の大湫病院の児童精神科医、関正樹先生が、『子どもたちはゲームやインターネットの世界で何をしているんだろう』という本を出されました。その中にこんなことが書いてありました。

 「オンラインゲームにハマる子どもや大人の背景に、不登校や引きこもりが認められることはしばしば見られます。衝動性の問題からガチャやゲームプレーがやめられない子どももいます。そう考えると、私たちが「ゲームやネットにハマる」と考えている行動は、それらの結果なのかもしれません。(中略)私たちのような立場の者はこのような子どもたちが病院を訪れた時にゲーム行動症として個人の病理に帰結してしまうことを避け、家族やコミュニケーションなども巻き込んで支援を行っていく必要があると私は考えています」。

 関先生は、ゲームのいいところを認めた上で、ゲーム行動症と決めつけないで、家族とのコミュニケーションを大事にしていきましょうと言っています。国際疾病分類のICD-11について、関先生の解説です。ちなみにこれはギャンブル障害も一緒です。ICD-11の中で、同じような記述があります。

 「ゲームに対するコントロール障害。他の活動よりもゲーム最優先の生活が続く。否定的な結果が生じても、ゲームを継続・エスカレートさせることにより、自分自身や家族関係、学校、職業などに重大な障害を及ぼしていることが12カ月以上続く」。

 

 関先生がおっしゃっているのは、「不登校などの状態が最初にあり、そのつらさを埋めるためにゲームの時間が増えていくような事例では、ゲーム行動症とは診断されず、むしろゲームの世界を通した交流が居場所として自分自身を支えてくれたり、人生の方向を指し示してくれることがしばしばあるので、その世界の人にどのような意味を持つかが臨床上大切な観点となります」と。『ゲーマーズ×ダンジョン』という、小学館から出ている漫画の最後の説明書きで、こんな説明がされています。

 ICD-11の記述です。今までは1個当てはまっていてもギャンブリング障害というふうに診断できるし、二つでも三つでも診断できたけれども、2022年2月の記述によると、この三つ全部当てはまらないとギャンブリング障害とは診断できないというふうにICD-11には書いてあります。じゃあ一つ当てはまる場合は何ていうのかというと、ハザダスギャンブリング(Hazardous gambling)、危険なギャンブリングというふうに記述されています。

 その解説では、健康状態または医療サービスとの接触に影響を及ぼす要因に分類されています。

 

 すなわちギャンブルにはまっているからすぐ障害ということではなく、健康状態として見ていくということがここに書かれているわけです。危険なギャンブリング、危険かもしれないギャンブリング、もしくはベッティングと書いてあります。時間がないのでここは読んでいただければと思いますが、こんなことが言えるということです。

 

 では健康についてちょっと掘り下げてみると、WHOは何を言っているか。「健康とは、単に病気、病弱ではないということではなく、身体的・精神的・社会的に完全に満たされた状態(Well-being)である」。先ほどここの病院の「わくわくする」みたいなことが書いてありましたが、わくわくするなんてまさにWell-beingだなと思います。絶好調とか、調子がいいとか、そういうWell-beingという感覚でいるということがとても大事だなと、ギャンブリングの問題でも感じています。

 高校の教科書にはこんなことが書いてあります。「障害や慢性的な病気を抱えていても、人生の目標を持ち、やりがいのある仕事や役割をみつけていきいきとした人生を送っていれば、十分健康だと考える人もいるでしょう。このように一人ひとりが自分なりの目標を持ち、生きがいや満足感を持った生活を送ることができれば、すなわち生活の質を重視した健康観が生まれます。WHOは『健康に生きることは目的ではなく、よりよく生きるための資源である』と宣言しています」。

 

 ワンデーポートの過去の利用者をよくよく考えてみると、このWell-being(健康)ってすごく大事だなと思います。結婚や離婚して生活が充実する。離婚が決して悪いということではなく、結婚して悪くなる人もいるし、離婚してよくなる人もいる。その人に合った仕事につくことができて安定する。役割を獲得できる。仕事ではないけれども福祉的な事業所でとても安定した。運動が余暇として定着した。プロ野球観戦やアイドルのライブに楽しみを見出したなど人それぞれです。

 

 先ほど森高千里が大好きだと言いましたが、ワンデーポートの利用者がももクロのライブに行きたいんだと10何年前に言い始めました。初期のころだったらミーティングのほうが絶対大事だと私は言ったと思いますが、いや、でもこれもいいんじゃないかなと思って、許可しました。彼はとても生き生きとして行ってるんです。その後も一生懸命お金をためて行っていました。まさに、Well-beingの状態です。

 そこで私も若いころ森高千里が大好きだったので、一緒に森高のライブに行ってくれないかと思って彼に言いました。すると、「中村さん、一緒に行きますよ」と言ったので、一緒に行ったら、とても楽しかった。それからもう10年間ずっとハマっています、来週は渋谷公会堂で森高のライブがあるんですが、もう楽しみでしようがない。Well-beingです。ワンデーポートで関わった人を見ても、健康的な生活を送っていると自然にギャンブルの問題が解消する。だから健康ってとても大事です。

 

 さっきの教科書にはこんなことが書いてあります。「WHOが言っている精神的な健康、体の健康、社会的健康。精神症状、知的能力、満足感、身体症状、体力、抵抗力、人間関係、社会の役割、社会の仕組み。こんなふうに分類しています」。

 三つの健康をちょっとこうやって書いてみると、やはり社会的な健康がとても大事だと思っています。家族との関係、その人の居場所だったり、人間関係、つながりだったり、仕事、その人の役割であったり、あと、余暇活動ですね。ワンデーポートでは余暇がとても大事だと思っています。

 パチンコしか余暇がないという人もいるんですが、そういう人たちと例えば一緒に山登りに行ったり、一緒にウォーキングしたりランニングしたり釣りに行ったり映画を見に行ったり、そういう中で、何か時間の使い方みたいのを一緒に楽しむというかそういうことをやっています。

 体の健康とか精神的な健康というのは、余暇活動があることによって、例えばランニングすると疲れるのでご飯がおいしい、よく眠れる、精神的な健康もいらいらしなくなる、これが回っていくんですよね。

 体の健康とか精神的な健康はお医者さんの力が必要な人もいるので、この辺は恐らく医療の役割がすごくあると思うんですが、WHOが言っている社会的な健康というのは恐らく、今日のこの講演会のように、地域とか家族とか、その中でその人がどう生きていくか、どう人生を歩んでいくかというところになるので、ここら辺はやはり医療だけではなかなか難しいのではないかなと思っています。

 

 ギャンブルに問題がある人によく見られる健康問題として、家族内での孤立とか仕事でのストレス過多。仕事にすごくこだわってしまっていて、仕事でのストレスで不安になって、そこでパチンコに行っている。仕事を一回休むとかすればいいのに、頑張って、借金が多くなってしまうみたいな、そういう人もいます。社会的孤立。自助グループは孤立をいやすところという話がよくありますが、それはもう当然そうだと思います。

 

 ただ、ギャンブルの問題がある人には人間関係が極端に苦手な人がいるので、自助グループとか大勢の人がいるところに行くこと自体が苦手で、そこに行ったらストレスとか不安が上がってしまってパチンコをやりたくなって帰りにパチンコに行っちゃったという話をよく聞きます。大勢の中で相対的に孤独を増すということがあります。

 だから少人数の、本当に余暇のちょっとした仲間とか、あるいは病院のカウンセラーでもいいと思います。ワンデーポートでも成育歴とか今までの経過を本人と話して、インテークをとって、この人はどの程度の人間関係ができるのかを考えて、グループの中に入れたり施設に入れるということを考えたりします。依存症だからグループミーティング、という決めつけはとても危険だと思います。

 余暇にやることがギャンブルというのは、新しいことに挑戦するのが苦手な人が多いですね。これはギャンブルをやったからではなくて、もともと何か一つのものにこだわってしまうということです。運動してない人も多いし、精神的な不安をもともと抱えている人も多い。だからギャンブルをやめても健康とは言えない人は多いのではないかなと思っています。

 

 児童精神科医の小野善郎先生はフルマラソンだけで130回も完走なさっていますが、先生をお呼びして、ワンデーポートでセミナーをやりました。マラソンの効用をテーマに話をしてもらいましたが、先生はこんなことをおっしゃっていました。「NICEという機関では、定期的な運動はうつ病の方の気分を高めることができ、特に軽度から中等度のうつ病の方には有効ですと言っています。お薬より前に運動が治療として大事ですよと言っています。これもイギリスの人が言っているのですが、運動療法の効用として、運動を通して自分で回復をコントロールできるようになって、自分を病気の被害者だと思わなくなる、患者から脱却できる、自信と自尊感情が向上し精神的な落ちつきや活力が出る、治療の焦点が「病気」から「健康」に移行する、ということで、従来の医療との違いを説明しています。」まさにワンデーポートでやっていることはこういうことだなと思っています。

 

 これは『習慣の力』という本に書いてあるんですが、運動について266人を研究対象に調査したところ、大半が少なくとも週に3回運動していた。ジョギングやウェートトレーニングを始めたきっかけは大抵単なる思いつき、ストレスへの対処だった。その中で定着したのには理由があって、あるグループでは92%が「気持ちいい」、別のグループでは67%が「達成感」。実はマラソンってつらいと思っている方が非常に多くて、確かに初めはつらいんですね。1キロ走れない人に1キロ走れと言ったら、もうつらい思いしかありません。だけど少しずつ、電柱から電柱でもいいし、歩くことからでもいいから、少しずつ走ることができれば、あ、楽しいなとか、そういうふうになるのです。

 本当にある程度やらないとここまでは行けません。皇居などを走っている人を見ていると、何かつらそうに走っていて、何であの人たちはあんなにつらそうにランニングをやってるんだろうと。この辺でもそういう走っている人たちを見ると、多分つらそうに走っているように見えるけれども、走っていて気持ちのよい瞬間がありますし、走り終わった後の達成感とか食事がおいしいとか、トータルで考えればやっぱり楽しいんですよね。

 

 『小さな習慣』という本があって、こんなことが書いてあります。ウェンディ・ウッド教授は、『ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー』誌に掲載された研究報告でこう述べています。「人はストレスを抱えているとき、意志の力が弱まっているとき、あるいは重圧に押し潰されそうになっているときには、簡単な決断を下せなくなる。疲れすぎて決断できないときは、いつもしていることをただ繰り返す傾向がある」。角度を変えると、これは悪いものに依存している状態に見えるなというふうに私は思っています。じゃあこれはどうすればいいか。この後、(『小さな習慣』の中では)こんなことが書いてあります。

 「ストレスが悪習慣の引き金となり、それが罪の意識と苦しみを引き起こし、そのためにストレスがさらに増し、再び悪習慣を引き起こします。要するにこれはストレスと悪習慣が永遠に繰り返される負のサイクルです」。まさにギャンブルをやっている人がギャンブルから離れられないみたいな状況です。そういうことは書いてありませんが、そういうふうに思いませんか。

 

 「それでは、今度は習慣によってそのストレスが自然に解消されるとどうなるかを想像してみてください。たとえば運動でもいいでしょう。この場合には、ストレスがあなたの背中を押してスポーツジムへと向かわせ、運動によって緊張がほぐれます。このように、よい習慣か悪い習慣かで、あなたの生活に与える影響は驚くほど異なり……」。こんなふうに書いてあります。運動って大事だと本当に思うんですね。

 これをワンデーポートの人たちにも読んでもらったら、本当にこれに共感してくれました。こういう情報を伝えて、みんなで走ろうというふうに私は勧めます。全ての人が走るわけではないですが、運動って大事だなと気づいてもらうためにミーティングみたいなことをやっています。

 

 これは最近国の調査で発表された、運動と生活の充実度に関する調査です。週3回以上、1時間以上の運動をしている40代の男性で、生活が「充実している」と答えた人が41.9%、逆にほとんど運動してない40代の男性で、「充実している」と答えた人が18.4%。「充実していない」と答えた人が、運動している群だと0.8%、全く運動してない群だと2.4%で、3倍もいるわけです。生活を充実させるために、運動がいかに大事かということです。

 

 走ることと三つの健康について。ランニングをすると何がいいかというと、1人でできるということです。発達障害の人もそうだと思いますが、ギャンブルの問題がある人も大勢の中が苦手なので、1人の時間が絶対必要です。ランニングは一人でできるのです。プラスして、ランニング仲間と都合のいいときだけ話をすればいい。ワンデーポートでもやっぱり、大勢でのランニングは苦手という人がいます。練習するときは1人で練習したりしても、みんなで行ったときはご飯を一緒に食べて、そこでちょっとした人づき合いみたいなものがあるんですね。適度な人づき合いがあって、仲間意識も持てます。

 ランニングをやると、暇な時間がなくなります。お金もあまりかかりません。例えば20キロ、30キロ走れる体力がつけば、休みの日なんかは走って、途中でご飯を食べて帰ってくれば、それだけで1日が潰せます。走ることで社会的な健康が充実すれば、体の健康も充実するし、精神的な健康も充実します。

 私はマラソンを通じていろいろな人たちに出会ったり、いろいろな話を聞くと、すごくお酒が好きな人が多い。彼らは相当アルコールを飲んでいますが、健康です。激しい有酸素運動はアルコール依存症のリスクも下げるという話も聞いたことがあります。

 

 ではワンデーポートで何をやっているかというと、、10キロ歩いて昼食を食べに行ったりします。先ほども言いましたが、個別に少人数で外出したり、マラソンやウォーキング大会に参加したり、瀬谷スポーツセンターに週2回行ったり、毎週火曜日は朝8時に集まって5キロ走ったりウォーキングをしたり、毎月第3土曜日にはよこはまランといって横浜の中心でみんなで10キロ走ったり歩いたりしています。

 私は、一緒にやるというのが大事だと思っています。私が走らなければやらされているという感覚にしかならないので、一緒にやって一緒に汗を流すことでその人たちに何か感じてもらえればいいなと思います。もちろん私が好きでなければなりません。私が嫌々走っていてもだめです。

 

 そういった意味では、例えば皆さんのご家族がギャンブルにはまってとか、発達障害で生活や仕事がうまくいかないといったとき家族の方に何ができるかというと、家族の方が高尾山に上ってみたりして運動するというのも大事だと思います。別にフルマラソンをやる必要はなくて、ちょっとした運動を始めるとか、家族の健康性を上げていくというのもすごく大事だと思っています。

 マラソンのことでいうと、実は年齢が40、50ぐらいの人のほうが精神的効果があります。50で走り始めた、60で走り始めたという人もよくいます。もちろんその人のそれなりの体の健康もあると思うので、全員が全員できるわけではありませんが、関心のある方がいれば、電柱から電柱まででいいからちょっと走ってみてください。そしてあしたは2本先の電柱までとかで、1カ月たったら2キロ走れるようになるかもしれない。

 

 私は90キロ近くあった体重が60キロ台に落ち、ウルトラマラソンを最高記録で12時間半ぐらいで走れました。やれば本当に誰でもできるのが走ることです。ワンデーポートでは毎月第3土曜日に横浜の中心地を走っていますし、歩きたいという人は歩くグループもつくりますので、お時間がある方はぜひ来てください。こんな感じのところです(47ページ下段)。とても気持ちいいですよ。

 サンタランといって、毎年クリスマスにはサンタクロースの洋服を着て、お菓子を買って子供たちに配りながら走るというのもやっています。

 あと、健康のために太陽の光を浴びるというのはすごく大事だと思っているので、畑もやっています。今年はスイカが上手にできました。ちょっと黄色いのは金色羅皇(こんじきらおう)という新しいスイカで、11キロもあって、めちゃくちゃ甘い。ワンデーポートでは、こういう畑作業などもやっています。これも楽しむためです。

 

 まとめになりますが、ギャンブルに向き合う目的です。WHOは、「健康に生きることは目的ではなく、よりよく生きるための資源である」と宣言しています。ならば、依存問題に向き合うことは目的ではなく、よりよく生きるための資源であると考えることはできないでしょうかと、私は思っています。

 

 健康問題として見ると、個別性が明確になる、取り組む課題は人それぞれ、運動の効果は絶大、見るべきところはギャンブルではなく健康、家族・本人が主体的に動くことも必要。YouTubeで「東京都医師会、フレイル」と検索してみてください。「適切な運動でフレイル予防」という講演会を録画した動画が出てきます。フレイルというのは、高齢者の方が虚弱になって寝たきりになったりすることです。

 この動画の情報は、発達障害とか依存の問題を見ている方にも参考になると思います。もちろん健康にスポットを当てているので、私が共感するわけです。その講演会で、マラソンランナーの谷川真理さんが、皆さん走りましょうと言っています。その話もとてもいいので、ぜひその動画を見ていただきたいと思います。

 

 ギャンブルをやめることだけを考えるのではなく、幸せや人生の充実に目を向けることが大事です。人生が充実してギャンブルをやめる人もいれば、ギャンブルがコントロールできるようになる人もいると思っています。

 

 まとめになりますが、行動嗜癖の向き合い方をお伝えします。全人的ケア、依存行動にとらわれない、長期的視野に立ったかかわり、5年10年先を見る。ちょっとギャンブルをやったら何かもうスリップだとかそういうふうに言うのではなくて、そのときこそ、その人の生活がどういうふうになっているか、その人全体を見て何ができるかを考えるということです。社会問題としてのアプローチが必要です。ギャンブルがあるからいけないとかそういうことではなくて、今の社会の価値観、環境、雇用、遊び、そういうマクロな視点、俯瞰的な視点でその人の人生全体を見るといいではないかと思います。

 

 参考文献です。『誤解だらけの「ギャンブル依存症」~当事者に向き合う支援のすすめ~』という本を去年出しました。今日お話をしたことの一部はここに書いてあります。

 あと、ブログ「一歩(ワンポ)通信」。私が日常的にこういうふうに走ったとか、畑でこんなものがとれたとか、そういうくだらないことを毎日載せていますので、関心のある方に見ていただいたら、ワンデーポートでやっていることを少し知っていただけるかなと思います。まとまりのない話でしたが、医療の視点とはちょっと違う話ということで、話させていただきました。ご清聴ありがとうございました。(拍手)

常岡:中村様、ありがとうございました。ちなみに、先ほど皆さんに「好きなものは何ですか」と聞きました。僕が一番好きなのはスイカです。最近のはやりがまさに金色羅皇で、めちゃくちゃ甘くて、最初、何キロも歩くという話を聞いたときに、ここには絶対入りたくないなと思いましたが、あのスイカを毎日食えるんだったら入ってもいいかなという気持ちになりました。中村先生、ありがとうございました。

 ここから質疑応答に移りたいんですが、何か質問のある方、手を挙げていただければと思います。お時間は5~6分なので、何人かしか受けられないと思いますが、早めに手を挙げてもらえたら。――皆さんが考えている間に、僕から一ついいですか。

 お話ありがとうございました。1個ちょっと思ったのは、聞いてて、自分の考えとすごく近いなと。一方で、中村さんからは、過度な医療化はデメリットがあるという話をされました。

 もちろん、医療が手厚過ぎて過保護になるのはいけないと思ったんですが、中村さんが言われていた、自分で頑張れるところと頑張れないところの区別をつけるとか、自然によくなる人もいれば自然によくならない人もいるということで、その区別をしたりするという意味においてそこに医療がかかわるのは悪いことではないと私は思っていました。私の誤解だったりしたらあれなので、中村さんのご意見をいただければと思います。

中村(努)メリットとデメリットがあるので、医療でやるということを私は全然否定はしていません。むしろ当事者とか家族の方には、医療でできないこともあるし自分たちで考えたほうがいいこともあるということで、理解してほしいんですが。

常岡:医療に全部投げてしまうという意味の医療化、医療万能みたいなものに対する批判ということですね。

中村(努)そうです。

常岡:私はすごく納得しました。ありがとうございます。ほか、どうでしょうか。私が質問してしまいましたが、皆さんから何かあれば。――前の方、ぜひお願いします。

参加者○○:お話ありがとうございました。僕、最近、全然運動ができなくなってしまって、電柱から電柱まで歩くことで例えるとお話しされていたと思うんですが、自分のできるラインとかをどうやって知っていくことが重要なのか、どういうラインを自分で知っていくべきだろうというのをちょっと教えてもらえたらと思います。

中村(努)お体がどこか悪いとかそういうのがあるのであれば、先生にちゃんと意見を聞くということは大事かなと思いますが、そうじゃないのであれば、有酸素運動は心拍数を上げるということでいろいろなメリットがあります。だから無理のない程度に心拍数が上がるような運動。最終的には20分から30分ぐらい上げた状態を続けられるようになると、運動することが気持ちいいとか生活の充実感につながっていくと言われています。

 ちょっと答えになっていないかもしれませんが、とにかく無理をしないで少しずつやれば人間ってなれてくるんですよ。本当に一歩から始めればいいと思います。無理をしてはだめです。

参加者○○:ありがとうございます。

常岡:先ほど水野さんも言っていましたが、本当に小さな、実行できる目標をということですかね。

中村(努)そうです。

常岡:ありがとうございます。どうでしょうか、皆さん。もう一人ぐらい。

――多分最後になると思います。質問お願いします。

参加者○○:自分も当事者として運動することはすごく大事だなと感じているんですが、ほかの方と一緒にやるに当たって、相手の方のモチベーションを高めたり、ともに運動を楽しむためのアドバイスとか気をつけたらいいポイントがあったらお願いします。

中村(努)基本的には自分ですね。自分が楽しくないとだめだと思います。まず自分が楽しんで、周りの走ってみたい人にこんなに楽しいんだということを語って、それで一緒に走りに行こうかという形。例えば自分より走力がちょっと足りなかったらゆっくり走ればいいし、走力がありそうだったら、自分はゆっくりしか走れないみたいなことを言って、今日はゆっくり走ってみたいな感じで気遣いするというのがいいのかなと思います。

 マラソン大会にエントリーするというのは、モチベーションも上がるので、すごくいいですね。ちなみに私は次は青梅マラソンで、その次は静岡で、その次は長野マラソンともう決まっているんですが、一緒に行く人は全部違います。要は、ワンデーポートもマラソンを10年ぐらいやっているといろいろな人がいるので、違う人と行くんです。そういうので人との関係みたいなものが続いていくというのは、私としてはとても幸せだなと思っています。

参加者○○:ありがとうございました。

常岡:ご質問されたい方はまだいらっしゃると思うんですが、オンタイムになってしまったので、時間の関係で第1演題はこれで終わりにしようと思います。中村様、どうもありがとうございました。(拍手)

 ここから10分休憩にしたいと思います。今、25分なので、35分から第2演題を開始したいと思います。お手洗いに行きたい方は漏らさないように先に行っていただければと思いますので、よろしくお願いします。

(休憩)