2024年9月12日(木)17:30〜18:39 昭和大学附属烏山病院 中央棟4F 集会室 *ZoomにてWeb配信
司会進行 真田 建史(昭和大学附属烏山病院 院長。以下、真田)
テーマ『精神科訪問診療の実際と症例について』
症例発表
武田 充弘 地域ケアこころの診療所 院長/世田谷区医師会精神神経科医会 会長
真田:それでは早速、症例発表に移ります。今回のテーマは「精神科訪問診療の実際と症例について」ということです。本日は、地域ケアこころの診療所院長、並びに世田谷区医師会精神神経科医会の会長であります武田充弘先生にお話をいただきたいと思います。
まず、ご講演に先立ちまして武田先生のご略歴をお伝えします。武田先生は2000年に徳島大学を卒業され、卒業後は都立病院や都立精神保健福祉センター、東京医科歯科大学病院で勤務され、2018年から地域ケアこころの診療所を開設され院長となられております。また今年度から世田谷区医師会の精神神経科医会会長をされております。
それでは、訪問診療の実際と症例の提示ということで武田先生にお話をお伺いしたいと思います。武田先生、どうぞよろしくお願いいたします。
武田 充弘(地域ケアこころの診療所 院長/世田谷区医師会精神神経科医会 会長。以下、武田):
真田先生、ありがとうございました。本日はこのような機会をいただきまして、真田先生を初め関係者の皆様、御礼を申し上げます。私は世田谷区医師会で今年から精神神経科医会の会長をしておりまして、ふだんは烏山病院さんとの病診連携で非常にお世話になっております。
今回は私に真田先生からお話をいただきまして、私は通常の外来に加えて精神科の訪問診療をしていますので、皆様に訪問診療の実際とか症例をお話しできればおもしろいかなと思いまして、テーマとして挙げました。訪問診療と外来診療の違いとか、留意すべき点についていろいろお話しできればと思っております。次のスライドをお願いします。
COIは特にありません。本日の内容です。まず当院の紹介をさせていただきまして、当院の今の訪問診療の現状についてお話しして、あと一般的な話も含めて、私が経験する中で、訪問診療と外来診療の違いとか、訪問診療で留意すべきことということでまとめましたのでお話しします。最後に症例を二つご提示します。次のスライドをお願いします。
地域ケアこころの診療所は、祖師ヶ谷大蔵駅が最寄りになるんですが、南北に商店街がありまして、その一角にあります。医者は私だけで、医療事務も兼ねていますが、看護師1、あと精神保健福祉士1の小さな診療所になります。半日外来をやって、半日訪問するような、そういうスタイルでやっております。
訪問エリアは、(スライド3枚目の)この赤の線で示しているところで、半径5kmもいかないぐらいの比較的狭い範囲、上は上祖師谷、東は桜新町とか、西は成城、喜多見、玉川、この辺で、開院当初は世田谷区のもうちょっと広い範囲でやっていたんですけども、件数もふえてきて、だんだんエリアを絞ってやるような形になっています。日によってエリアを分けて、効率よく回れるような形で調整してやっています。
そもそも私が訪問診療を始める原点というか、私は都立多摩総合精神保健福祉センターにいたことがありまして、当時は精神科のリハビリテーションとか地域のことを知りたくて行ったんですが、その中でアウトリーチ支援をやっていました。そこで初めて、外に出て患者さんの生活面を含めて現場でいろいろ試行錯誤してやるというようなことを経験しまして、それ以来、いつか訪問診療はやろうかと考えていました。
やはり外来と訪問診療は大分様相が異なるので、その辺のことをお話しできればと思っています。次のスライドをお願いします。
これは当院の外観というかご紹介です。当院は2階にあるんですが、手前に美容院があって、美容院に負けないぐらい、病院っぽくないというか、診療所っぽくないような外観にしています。これはもともと入りやすくて居心地のいい空間にしようということで、中もこんな形で、フロアもあまり病院っぽくないような形にしています。
待合室はあまり広くはないのですが、プロジェクターと、奧にホワイトボードがあります。実は、開院当初はこの待合室で色々な自助グループとかグループ活動をやっていました。
コロナ禍で休止してしまった状況なんですけども、待合室でいろいろな催しをしていた関係で、机や椅子なんかも移動できたり、プロジェクターを使ってスライドをみられるようにしていました。次のスライドをお願いします。
現在の当院訪問診療の状況について統計をとってみました。令和6年8月1日現在ですが、訪問している方は51名いらっしゃいまして、平均が74歳で、これは別に意図したわけではないんですが、女性が4倍ぐらいでかなり比率が多くなっています。当院からも訪問看護に行っているんですが、この中で約65%、3分の2の方は訪問看護を利用されているような状況です。
これ(スライド4枚目)を見てわかると思うんですが、80代90代の方もかなりいらっしゃいます。若い方は統合失調症とか強迫性障害の方で20代がいるんですが、かなり高齢の方のほうを中心に回っているような状況です。大体、半日で5件から8件ぐらいの方を回ります。精神保健福祉士と2人で車で訪問しています。
基本的には慢性の精神疾患で通院困難な方や身体的な要因で通院できないという方が中心ですが、治療中断しやすいために退院後訪問にしてLAI(持続性注射剤)を使って維持している方なんかもいます。地域の要請で急性期の危機介入で入るケースなんかもあります。何とか在宅で乗り切ってそのまま診ているというケースもあるんですけども、入院になってしまうケースももちろんあります。次のスライドをお願いします。
現状の当院訪問診療の精神疾患の分類で統計をとってみました。当院に関しては、双極性障害の人も含めて、気分障害の方が一番多くて4割です。あと高齢者が多いということで認知症、次に統合失調症です。統合失調症の方は、当院で退院後の経過を見ているという方が一番多いかなと思います。その他、強迫性障害とか神経症圏ですね。次のスライドをお願いします。
次に紹介経路についてです。先ほど当院は高齢者が多いというお話をしました。実は私は世田谷区のあんしんすこやかセンター、地域包括支援センターの地区連携医というのを4年ぐらいやっていました。地区連携医というのはご存じの方もいると思うんですが、そこの職員さんとかケアマネジャーさんと一緒に事例検討をやったり、区民とかケアマネジャーさん対象の講演をやったり、いろんな連携の会議があったり、そういった地区連携医の役割をしておりました。
その関係もあってか、地域包括支援センターの困難例とか、ケアマネジャーさんが直接ご依頼いただくようなことが多くなっています。もちろん外来から訪問になったケースもあるんですが少数で、本人、家族から直接連絡があるというよりは、どちらかというと地域のほうから紹介されて訪問診療に至るというケースが多くなっています。あと、病院は退院後のフォローをしているようなケースが中心です。次のスライドをお願いします。
外来は外来だけで完結する患者さんも多いと思うんですけども、訪問診療は各関係機関との連携が必要になる場合が多いです。生活全体を考えた場合に、医療面だけではなくて、福祉とか介護の支援体制をつくっていくということも非常に大切になってきます。もちろん当院から関係機関につなげていくようなケースもありますし、何らかの支援体制のある中に当院が加わるという場合もあります。
当院は、同行する精神保健福祉士もそうですが、診療所で待機している看護師のほうも、各関係機関との連絡調整、情報共有とかそういうところで活躍してもらっています。訪問看護とか在宅支援の薬局さんとの医療的な情報交換というのは言わずもがななんですけども、要介護状態の方が多いという当院の状況の中で、介護にかかわるケアマネジャーさんとのやりとりというのは非常に重要になってきます。
ヘルパーさんが日々の様子をケアマネジャーさんに知らせてくれたりとかしますし、デイサービスとかショートステイを利用されている方については、デイリーの報告書なんかも介護事業所さんはつけていらっしゃるので、その中のバイタルサインもそうですが、日々の様子なんかもそれを見るとわかりやすいです。そういった形で情報共有をして、治療に反映していきます。次のスライドをお願いします。
もうおわかりの方もいらっしゃると思うんですけども、時々言葉が混同して使われているので一応ご紹介ということで、往診と訪問診療の違いです。往診はあくまでも要請に基づいて臨時で訪問するものを指しています。訪問診療は計画に基づいて例えば月2回とか定期的に訪問する。なので初回は往診になるわけですね。2回目以降、ご本人の同意があれば訪問診療に移っていくというようなことになります。次のスライドをお願いします。
これが今日お話ししたい内容のまず一つ大きなテーマなんですが、「在宅あるある」というタイトルにしています。診察室というのは患者さんにとっては「アウェイ」の環境だと思うんですね。一方、在宅というのは患者さんにとっては「ホーム」の環境になるわけです。やはり生活、プライベートな空間に入るというようなことになるので、それ相応の配慮というか、心配りというか、お邪魔させていただくというか、そういった気持ちで、侵襲的にならないように対応していくということが求められると思います。
患者さんにとっては、自分のお家に踏み込まれるということを脅威に感じたり、抵抗感がある方もいらっしゃいますので、強引にしないということもそうですし、相手のペースを大事にすることも大切です。例えば、いきなり本人に会えないこととか、本当にドア越しとか、入れても玄関先で、あとはお家に入れないというようなことも最初の段階では少なからずありますが、やはりこちらのアプローチとしていきなり強引に進めていかない、最初はある程度患者さんに合わせて、患者さんとの信頼関係ができてきたり、警戒心が少しずつとれてきたらお家の中に入れてもらう。そういった配慮をしていくということですね。
もう何カ月も猜疑的だったり拒否的な態度をとられて、なかなか治療関係をつくれないような方、今日の最後に挙げる症例もなかなか治療関係をつくるのが難しいケースなんですが、そういうケースも、焦らず、急がないで治療関係をつくっていく姿勢、粘り強さというのも訪問診療に求められるかなと思っています。
訪問診療は、実際お家に入って、自宅の外の環境もそうですが、生活環境が分かるので、結構たくさん情報があるわけです。例えば、お家の中の衛生状態とか、お部屋とか寝室の環境だったりとか。ちなみに、この夏も暑かったですが、認知症の高齢者の方は閉め切った部屋で高温の中でいらっしゃったりするんですね。暑さ寒さの感じ方が鈍くなっていらっしゃる。そういう場合に、適切に環境調整、エアコンとかしっかり使えるようにとか、実際現場に行ってみないとわからないことも結構あると思います。
あと食生活、どんなものを食べているのか。もちろん冷蔵庫をいきなりあけて「何食べてるの」とかと聞くわけではなくて、さりげなく周りを見ながら、例えば食べた後のものとか、腐ったものが置いてあるとか、そういうことも含めて確認していきます。
患者さんのお家に入ると、患者さんの好きなものをたくさん置いてあったりとか、患者さんの好みみたいなものも分かるので、そういうのを診察の中で少し話題にして関係づくりをするようなこともあります。
認知症の高齢者の方とか、お家の中の転倒防止ということも重要になってきます。段差とか階段とか、ご本人の生活している環境を見て、ケアマネジャーさんとかと一緒に話し合って、福祉用具だったり転倒防止の対策をしたりするということもあります。
患者さんによくあるのが、近隣、アパートとかの方だと上とか隣から音がするとか、嫌がらせをされるとかです。被害妄想の場合もありますが、実際部屋に入って音が響くのかなとか、音がしているのかなとか、実は妄想かと思ったら結構うるさかったりということがあったりするわけですよね。なので生活環境をそういう点でも確認したりします。
あと、お家の外、近くに買い物ができるような場所があるのかとか、お家が騒々しい場所にあるとか、どんなところに住んでいるのか。自宅内外を見ることで、不足している支援とかをイメージしやすいんですね。そういうのを関係者にフィードバックして、生活の質をどう高めていくか。そういったところも治療と並んで重要なテーマだと思っています。
外来もご家族が同伴すればお話しする機会はあるんですけども、単身生活の方ももちろんいますが、訪問のほうが家族と会える機会というのも増えます。そこは家族介入のチャンスですね。もちろんいきなり指導するわけではなくて、すでにご家族は患者さんの対応で非常に苦労されていたりとか消耗しているような場合もありますので、まず労をねぎらう。その後いろいろ介護だったり対応についてお話をして、とにかくご家族も一緒に患者さんのサポートしてもらえるような雰囲気だったり、チームとして患者さんを支えていくような形に持っていきたいということでやっています。支援者の方も同席する場合もあるので、顔の見える関係になる、そういう機会も訪問では持てるかなと思います。
あとは外来より少し時間のゆとりはあるかなと思います。外来だと5分10分勝負になってきますけども、もう少しゆっくりお話を聞いたり、お家の中の様子を見て、そこで見つけたテーマで話したり、そういうこともできるんですね。 言語的なやりとり、会話のキャッチボールが難しいような場合は、実際私もやったんですが、将棋をやったり、ちょっと一緒に歩きませんかと言って散歩しながら診察したり、そういったアプローチなんかも在宅だとできますね。患者さんは「ホーム」ですので、リラックスしていろいろお話ししてくれたらなというのはあります。
あと、服薬状況ですね。患者さんは薬のカレンダーを使ったりされている方もいますが、そういうのを使われていない方も含めて、要は実際に残薬とかを見せてもらうんですけど、ただあまり調べるみたいな形にならないように、「余りがあるともったいないので残りのお薬の数をちょっと確認したいんですけど」みたいな言い方をして、「薬ちゃんと飲んでるか」みたいな、プレッシャーになるような言い方をしないように気をつけています。
現場を見て、生活を見てということで、診察室にいるよりも、現場の人たち、関係者の人たちとの連携はよりとりやすくなるかなというか、情報共有しやすいかなと感じています。精神科で治療する上では、精神症状だけ治療するのではなくて、生活の質をいかに高めていくかということが大事です。生活に目を向けていく、生活の中での困難さを確認して、生活全体を支援していくというようなことが訪問診療の中ではやりやすいかなと思っています。訪問診療のデメリットとしてはコストが高いことがあります。大ざっぱに言うと、例えば2週間に1回外来に来られている方と比較すると、月2回訪問している方だと、大体4~5倍のコストがかかります。あとは移動時間など含めると所要時間が長いというデメリットもあると思います。次のスライドをお願いします。
ここまでが当院の紹介と訪問診療に関するお話だったんですけども、ここから症例提示をします。1例目は、困難例というよりは、どちらかというと、こんなふうにやっていますという紹介の症例です。
この方は80代後半の女性で、脳梗塞を起こして片麻痺があって、認知機能低下があって認知症を発症するという経過で、痙攣があったり大腿骨骨折があって入院されたんですが、退院後に周辺症状として、不機嫌、易怒性とか不眠、不穏とかがありました。この方は、ご主人と娘さんが体の関係を持っている、結構生々しいようなそういった嫉妬妄想がありまして、当時のかかっていた病院のほうから紹介になりました。
認知症は軽度から中等度、要介護4の方です。この方は薬がある程度効きました。もともと前医でクエチアピンを使っていたんですが、過鎮静になったという経緯もあって、リスペリドン0.5mgぐらいで妄想はかなり抑えられ、不穏も減りました。ただ、やめると嫉妬妄想が再燃してしまって、ぎりぎり0.25mgで維持して、ここのところずっと妄想とか不穏もない状態で経過しています。不眠に関してはレンボレキサント(デエビゴ)2.5mgを併用しています。次のスライドをお願いします。
この方は、私が家族と面談している間に同行していた精神保健福祉士と患者さんがお話ししていて、その中で、娘さん主導でデイサービスとかいろんなサービスが決まってしまうということとか、ご主人に対しても、自分の気持ちとか希望を伝えてもなかなか取り合ってもらえないというようなことが語られました。マイナスに考えて嫌みも言ってしまうという。こういうご本人からのお話があって、周辺症状の形成には、そういった不満とか寂しさとか落胆とかがあるのではないか、そういった心理的な背景があるのではないかと考えました。
既にデイサービスとかは行かれていたんですけども、個別の対応の時間をふやすということも含めて、訪問看護を導入しました。診察時はできるだけ治療方針とかをご本人に丁寧に説明して、家族と別個にやりとりした場合も、こういう話をしたんですよというふうに、本人に隠さないというか、そういったことを診療中は意識して接しています。
ご家族にも、本人のことで何か決める場合は、できるだけ本人の意思確認をして、本人もちゃんとそういう決定事項に加わっていただくというか、そういうふうにお話をしています。もちろん薬も効いたとは思うんですけども、こういったアプローチをすることで患者さんの精神の安定と再燃を防ぐというような取り組みをしています。次のスライドをお願いします。
最後はディスカッションのテーマの症例です。詳細に書いていて、できるだけ患者さんをイメージしやすいように書いたんですが、ちょっと忙しい感じになっています。
40代後半の方で、統合失調症、自閉症スペクトラム障害のある方です。ご両親と弟さんがいるんですが、弟さんは長期引きこもりで、診療のときも全く存在感がないというか、両親もあまり話題に触れないので詳しい状況は分かりません。この方は、お母さんにお話を聞くと、例えば、小さい頃にお母さんが台所で何かやっていても全くそれに関心を示さないというようなお話をされていましたが、自分の関心のあることとそうじゃないこともかなりはっきりしている。小学校時代は、受け身で対人交流はあったみたいなんですけども、結局いじめられたりとかして、中学校以降は友達は全然いなかったというお話でした。大学は出られていて、その後、少しだけ在宅でお仕事をしていたみたいですけども、その後自宅閉居の状態になってしまいました。
30代、精神症状で幻聴とか被害妄想とか易怒性が出て、家出とか徘徊を繰り返して警察に保護されるようになったということで入院になっています。入院中は興奮とか昏迷があったという記録がありました。
退院されてデイケアとかも利用し、通院もしていたんですが、怠薬して自己中断してしまって、両親がお薬をもらってとかやっていたんですけども、結局飲まなかった。その後は、区の保健師さんが相談に応じたりしていましたが、当院が保健師さんの仲介で入るという形でした。ちなみに、このB病院さんの処方はハロペリドール10mgが主剤でした。次のスライドをお願いします。
普段はお家にこもっていて、家族以外の対人交流は全くないということです。着替えはするんですけども、入浴とか歯磨きはしない。セルフケアができない。食事の内容は、そのときのブームがあるんですが、最近は焼き鳥がブームになったみたいですが、そればっかり食べるというようなことです。自分のしてほしいことを紙に書いて両親に伝えて、両親がそれに対応します。時間の指定があったり、要求が通らないと怒り出す。結構ひとり言があって、またそういうのと別に興奮して大声を上げるようなこともあります。
この夏訪問しているとき汗だらだらだったんですけど、冷暖房機具とかパソコンは気分が悪くなるといって一切使わないんですね。冬はめちゃくちゃ寒い。部屋の窓をあけている。
電磁波過敏がありますというようなお話もされるんですけども、次のスライドですが、診察のときはイヤホンをゲーム機につないでずっと音楽か何か聞いているというようなスタイルです。ふだんはテレビとかビデオを見たり、音楽を聞いたりとかしているようです。この方は野球とか競馬とか何か関心を持っているんですね。それで父親に頼んで雑誌を買ったりインターネットを調べてもらったりします。次のスライドです。
痩せ型の女性で、髪が長くて、Tシャツというかパジャマというかを着ています。着るものは自分の好きな生地を縫って作ったりしています。清潔感はない。挨拶は全くできません。ただ、何か頼むときは「すいません」とかおっしゃるんですけど、「こんにちは」とか言っても全く無言、「さようなら」も言いません。先ほど話をしましたが、携帯ゲーム機でイヤホンを耳につけて、こちらが話しかけるときだけイヤホンを外す。自分の関心のあることを大体一方的に話すんですよね。本人の関心のあるテーマについてはある程度こっちが質問すると返答したりするんですけども、そういうテーマじゃないものは無言だったりとか会話にならないことが多いです。
病的体験について聞いても言語化されない。かなり思考はまとまりがない面もあって、独特な解釈、関係づけとかがあります。ひとり言を言っていて、聞いていると、どうも自分の行動について何か口にしたりとか、他者の批判とか聞こえてきます。結構、舌打ちをして不機嫌になったりする。じっとしていられなくて行ったり来たりする。
ただ、最初に入ったときからそうなんですが、こちらの訪問に関して全く拒否ではないんですね。自分の知りたいことがあったり、話したいことは聞いてほしいし、毎回話したいというようなことがあって、あらかじめ資料等は準備して、その日のテーマみたいな感じでお話をする。野球とか競馬とか関心があるんですが、基本的に、選手がどうこうというよりは、成績とか、この前、東京六大学野球はここが優勝しましたとか、そういったデータ、競馬で何レースでこの馬が勝ちましたとか、オッズがどうとか、そういったことに興味を持っている。
過去の出来事の日時を正確に覚えている。何年何月何日に美容院に行ってこういうことがありましたとか、そういったことで日時を非常に正確にお話ししたりします。次のスライドです。
経過とか、治療的対応はどんなことをしているか。とにかく拒否、シャットダウンにならないように治療関係をつくって、それを維持していくことということを念頭に、まずはご本人が話したい内容についてしっかりと耳を傾ける。それについて質問したりもするんですけども。そういったことはまずします。
ただ、基本的に、例えば体の調子を聞いたりとか、最近はちょっと答えてくれるようになったんですけども、以前は全く無視だったんですね。バイタルサインもとらせてくれない。最近はとらせてくれるようになりましたけども。バイタルサインも2カ月とか、採血も8カ月後ですが、なかなか時間がかかります。
ちょうど採血に応じた時期から、ちょっと薬を飲んでみませんか、気持ちが落ちつくかもしれませんみたいな話をして、リスペリドンとか出してみました。まあちょっと少量しか使っていないんですけども。ただ、飲んだり飲まなかったりもあり、多少、静穏作用はあってもあまり変化はありませんでした。この方で、薬を使っていて難しいのは、効果とか副作用のことを聞いても答えてくれないことがほとんどなんです。だから、実際、他覚的にどうかということしか薬の効果を知る手段がありません。
薬を絶対飲まないという人ではなくて、歯を磨かないので歯が痛いということがあるんですが、これも歯科の訪問もありますよなんて言っても受け入れないんですけど、アセトアミノフェンを下さいみたいなことを言ってきます。結局、抗精神病薬とかでも、糖衣錠とかOD錠だと薬を飲むと甘い感じがするんですが、歯が痛いのにこんな薬は飲めませんみたいなことを言い出したりとか、粉っぽくて飲めないとか、結局薬を飲まなくなってしまったというのが今の状況です。
このスライドは、課題と治療者としての迷いについでです。この方は入院治療歴がある方で、ある程度薬も使って、外来でデイケアにも通った時期もあったということで、現状で薬物療法もしっかりとできないとか、かなり長期の経過の方ではあるんですが、治療機会をちゃんと生かせてないというか、逸しているんじゃないかということで、患者さんにとって不利益になっていないかということが一つあります。
こだわりと独特な思考・解釈の世界で生きていらっしゃる。多分、時代がとまっているというか、この方がよくおっしゃるのは、1990年代以降、世の中がすごく変わってしまったと。いろんなことが捏造されたりとか、いろんなことが違っているんですと。この前は何で角砂糖はなくなったんですかみたいな話をしていたんですが、そういう話が診察の中でよく出てくるんですけども。
なかなか社会とのつながりが持てない中で取り残されていっているような状況ではあるんですけども、なんとか生活はしていける。ただ、それでいいのかということですね。かかわりの中で本人のペースを大事にすることも大切なんですけども、一方で対人関係能力とか社会性というのは全然身につかないというようなことですよね。
実は診察の中で、烏山病院さんの関係者が書かれた『大人の自閉症スペクトラムのためのコミュニケーション・トレーニング・ワークブック』をコピーして、これでちょっとコミュニケーションとか対人関係の練習をしませんかというような提案をしてみたんです。冊子を持っていったらそれをパシャパシャと写真を撮って、ちょっと関心を示したのかなと思って、プリントもお渡ししたんですが、次の診察では全くそのことはなかったかのような感じで、全くアプローチできませんでした。そういったこともやっているんですけども、なかなかコミュニケーションが難しいということです。
非自発的であっても積極的に入院を勧めるべきなのかということ。ただ、切迫した状態でもないし、家族もそんなに望んでいるわけではないんですね。別に現状維持を望んでいるわけではないにせよ、入院を希望しているわけでもない。本人もそうですけど。なので、この辺をどう考えるかということです。
以上になります。ご清聴、ありがとうございました。
真田:武田先生、どうもありがとうございました。それでは、ご意見や質問等あるかと思いますが、この後、パネルディスカッションを行いますので、そちらで皆様から頂戴いただければと思います。少しお時間をいただきまして、こちらで準備をさせていただきます。少しお待ちください。
(休 憩)